那須にあるクラシックカー博物館への道中で、
大麻博物館なる小さな建物を発見し、大変失礼ながら怖いもの見たさの一心で寄り道してきました。2015年の10月のことです。
駐車場に車を停めると、目の前の看板に
「マリファナミュージアム(Marijuana Museum)」という英訳が見えてドキッとしましたが、
「大麻セミナー」という真面目そうな案内もあったので、ともかくお邪魔してきました。
なぜ二年前の話を今ごろ記事にするかと言いますと、
その時に購入して愛用している大麻のハンカチが、百貨店でよく売られているような綿のハンカチとは比較にならないほど使い勝手がよく、ふと懐かしくなってまとめてみようと思い立った次第です。
販売されている大麻製品って合法?
合法です。
この点は私も大麻博物館に足を運んで初めて知ったのですが、大麻と一口に言ってもすべてが大麻取締法の対象となるわけではなく、「成熟した茎と種子及びその製品」などは取り締まり対象から除外されているとのことでした。
そのため、たとえばこの大麻博物館がある栃木県では大麻は伝統産業として成り立っており、現在国内で生産される大麻の9割が栃木県産となっています。
栃木県は今も昔も日本一の大麻生産量を誇っており、450年前から全国へ大麻を出荷しています。
そんな栃木県にある大麻博物館ですから、
実に多くの大麻製品が販売されていました。
栃木県のイチゴは大麻のおかげ?
栃木県といえばとちおとめに代表されるイチゴが有名ですが、実は、栃木県のイチゴは大麻からの転作奨励作物です。
GHQによる大麻取締法によって栃木伝統の大麻が大打撃を受け、その代わりに奨励されたのがイチゴだったので、昔の大麻農家さんが今のイチゴ大国の礎を築いたとも言えますし、それだけ以前は大麻大国だったとも言えます。
大麻と綿の歴史の違い
大麻が日本に入ってきたのは石器時代後期から縄文時代初期にかけてのことで、綿よりも古く歴史がある植物です。
綿が日本に入ってきたのは早くて室町時代、日本に広がったのが江戸時代となります。
つまり、時代劇でよく見る「洗濯板でゴシゴシ洗っている布」はほぼすべて大麻の布ということです。
大麻を国に納めていた時代
今の時代はお金を国に納めていますが、その前はお米の年貢で、その前が布でした。
大化の改新のときに国に納めなくてはいけない税の仕組みができますが、そのときの麻の布が今でいう大麻の布のことです。一人あたりおよそ7メートル強から8メートル弱を国に納めていました。
当時は大麻の栽培が当たり前となっており、大麻繊維がないと生活できない時代です。綿もなければナイロンやポリエステルもなかったので、自給自足で作れる繊維作物は大麻のみ、非常に大切な農作物でした。
魚を捕る網や釣り糸も大麻でしたし、狩りに用いる弓の弦も大麻でした。まさに生活必需品と言えるでしょう。
現在の「麻」という言葉はあくまで総称
明治時代になって植物から取れる繊維がどんどん日本に入ってきて、それらをひとまとめにしたのが「麻」という言葉で、麻はいわば総称です。これは、日本古来に大麻を麻と呼んでいたのとはまた違う話となります(後述)。
麻という言葉はお肉やお魚と言っているのと同じで、たとえば「上質な麻」という言葉は「上質なお肉」と言っているようなもので、それだけでは一体何の肉なのかがわかりません。
たとえば、「リネン」も麻の一種ですが、これは明治になって機械化とともに入ってきた麻です。亜麻とも呼ばれます。亜麻色の髪の乙女の亜麻がこのリネンです。
あと、「洗ってはいけない」「シワが困る」と言われる定番の麻がラミーです。シャリ感が強く、日本では苧麻(チョマ)と呼ばれていましたが、機械紡績になるとラミーと呼ばれるようになります。
このラミーは夏は涼しくて冬は寒い繊維である一方、大麻は夏は涼しくて冬は温かい性質を持ちます。古代の人たちはたとえば足元だけ苧麻にして他は大麻にするなど、素材の性質を活かした着衣を作ったりもしていました。
苧麻(ラミー)の特質
大麻よりも苧麻のほうが育てるのも糸にするのも大変なので、この苧麻で作られている越後縮(えちごちぢみ)だとか越後上布(えちごじょうふ)は本当に手間暇がかかっており、素晴らしい技術の上に成り立っています。
普通の武士が身につけているのは基本的に大麻で、お城に上がるときの裃も大麻でしたが、上流の武士になると大麻よりもお金のかかっている苧麻を身に纏っていました。苧麻はこうしてステータスとしての着衣にもなりました。
神話と大麻
神社で使うお祓いの道具や着物は、黄金色に輝く大麻でないといけません。黄金色は太陽の輝き、太陽の輝きはすなわち天照大神、荒魂(あらみたま)の現れとされました。
大麻の茎「オガラ」
大麻の歴史を紐解けば紐解くほど、ことごとく古来の伝統行事と結びついています。
たとえば、大麻の茎、芯の部分は「麻幹(おがら)」と呼ばれますが、これはお盆の送り火・迎え火で使うオガラと同じです。キュウリやナスに「割り箸」を挿して精霊馬!というのは邪道なのでしょう。
また、かやぶき屋根の土台にもオガラが使われています。福島県の大内宿ではかやぶき屋根を葺き替えたくても材料が手に入らないので、オガラが手に入らないかと栃木県までSOSがきたそうです。
大麻博物館の考え方としては大麻は地産地消されてこそなので、まず福島県の農家さんに協力していただいて福島県のオガラを手に入れて納品したそうです。
ただ、当時すでに福島県には二件しか大麻農家さんがいらっしゃらなくて、今では地産地消できずに栃木県産のオガラが供給されているとのことでした。
大麻の表皮「アラソ」
大麻の茎の表皮は「アラソ」と呼ばれ、畳の縫い糸に使われていました。畳の縫い糸に使われるくらいですから、物凄く強靱な糸です。ぜひ手にとって体感してみてください。
大麻の呼び名七変化
石器時代後期から縄文時代にかけて日本に大麻が入ってきて、日常に欠かせない繊維となりましたが、当時は畑にある状態の大麻は「アサ」と呼ばれていました。そして、繊維の状態になったものが「ソ」または「オ」と呼ばれています。
七味唐辛子に入っている大麻の実を「オの実」と呼ぶ方もまだいらっしゃることでしょう。
大麻という言葉の由来、語源
「大麻」という言葉は、神社で使われる専門用語でした。
神社で使う御札のことを「大麻」と呼んでおり、これが現在の大麻という言葉の語源です。
「祈祷大麻」という言葉は今でも馴染みがありますし、伊勢神宮の御札を「神宮大麻(じんぐうたいま)」と呼ぶのでご存知の方もいらっしゃることでしょう。
では、「大麻」という漢字があてがわれる以前の、音声としての「たいま」はいつから使われ始めたのか、宣り言(のりごと)で登場する「たいま」の初出は具体的にいつからなのかとなると、神道学の権威でもある中西正幸氏に大麻博物館としてうかがっても「古すぎてわからない」とのことだそうです。それくらい昔から当たり前に「たいま」という言葉が使われていたのでしょう。
ひとまず、漢字として捕捉できる範囲では神社で使われる特別な言葉「大麻」が今の大麻の語源となっているようです。
大麻が神聖な植物とされ、神事と密接に結びついているのも納得です。
大麻と戦争
そんな神事由来の大麻ですが、戦争でも軍服やパラシュートの紐などに使われて活躍した繊維です。
戦争があると必ず国から大麻の増産命令がくだり、第二次世界大戦では栃木県「外」の小学校の校庭でも大麻が栽培されていたほど、戦争には欠かせない繊維の一つでもありました。
そしてこれは日本に限った話ではなく、アメリカでも同様でした。
アメリカでは第二次大戦中に”grow hemp for the war“(戦争のために大麻を育てよう)というポスターが流行りましたし、あるいは同じく第二次大戦中に”Hemp for Victory“という映画まで公開されています。
戦争に勝つためには大麻という繊維が非常に大切だったことを示す一例と言えます。
博物館スタッフの引き出しが物凄い
ということで、大麻博物館に気まぐれに足を運んだことで上記の通り、大麻がいかに日本の伝統植物であるかがよくわかったのですが、それにしても説明をしてくれた女性スタッフの方の引き出しの数と奥行きが半端なかったです。
大麻だけでなく、あらゆる繊維についてその歴史に由来、今後の課題や明るい兆し等に通じている感じで、何を振っても軽々と大麻との比較をやってのけてくれました。
私は日本全国の自動車博物館を巡っていますが、スタッフの方に質問をしても「いや、私は車のこと詳しくないので」などと、館内に一人も車に詳しい人がいない自動車博物館すらあったので、この大麻博物館はサイズこそ小さいものの、博物館かくあるべしという感じで頼もしかったです。
大麻博物館に通販はないので、おみやげは忘れずに!
今こうして記事を書きながらふり返ってみるに、やはりハンカチはもう2、3枚買っておくべきでした。
通販でもないものかと探してみたものの、大麻博物館の通販サイトはありませんでした。
私が2015年に足を運んだ際の
お土産は、大麻の
石鹸とハンカチ、そして
ステッカーです。
ステッカーは購入時の紙袋にも
使われていました。
大麻のハンカチ恐るべし
大麻の
ハンカチについては、綿のハンカチに比べると若干手応えのあるタッチ感となっており、水分に触れると一気に水分を吸収してフニャッと柔らかくなります。
しかも、凄く水分を吸収してくれる一方ですぐ乾きますし、拭き取る力や清潔感もコットンの比じゃない印象を受けます。
コットンだと拭き残しが生じるような場面でも、この大麻のハンカチだったらそんな心配は無用です。しかも、結構使い倒しているのに清潔感が増している風でもあります。
おそらく、大麻は使えば使うほど白くなっていくからでしょうし、大麻という繊維自体に抗菌作用・消臭作用があるからでしょうし、大麻は縁起物という意識もあるからなのでしょう。
今でも神事に使われている大麻なので、大麻のハンカチを大切な商談の際に懐にしのばせるのは珍しくないことのようです。もっとも、私は四六時中携帯していますが。
さいごに
私が博物館に行く前は、「麻と言えばリネンとラミー、大麻といえば大麻取締法!」程度の知識でしたが、足を運んだ後では大麻に対する視線が様変わりしました。考え方や視線を大きく変えてくれる経験というのは、何ものにも代えがたい経験でもあります。
那須に行く際には、ふらっと大麻博物館に寄ってみることをお薦めします。
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